2021年1月11日月曜日

【期間限定公開】カペラ1月公演プログラム・ノート

本年2021年はルネサンス音楽の巨匠ジョスカン・デ・プレが1521年に没してから500年目にあたる記念の年です。中世の霊的な精神性を色濃く残しながらも、楽曲構築の仕方には近代的な合理性が強く作用しており、現代のリスナーにとっては未知の世界を感じさせつつも、理解し共感もできる稀有な音楽を創り出した天才作曲家です。作品は、典礼にとって要の音楽でありながら5楽章のシンフォニーといった様相で構想、創作されたミサ曲が18曲残されています。ヴォーカル・アンサンブルカペラはそれらの全曲を演奏しており、CD全集が今年完結する予定です。ミサ曲の他には、単一のミサ楽章として、グロリアが1曲、クレドが5曲、サンクトゥスが2曲あります。総称してシャンソンとも呼ばれる世俗音楽はほとんどがフランス語を歌詞としていて50曲ほどあり、おそらくは純粋な器楽作品と思われる曲は10曲ほどあります。

ジョスカンのモテット

ミサ曲以外の宗教的な作品であるモテットも数多く残されています。2016年に完結した「新ジョスカン全集」"New Josquin Edition"に真作として収録されている作品が63曲あり、ヴォーカル・アンサンブルカペラとしては、本日の演奏会で取り上げる作品をもって1997年の結成以来全曲を演奏したことになります。一口に63曲といっても実に多様な作品群で、とても簡単には語り尽くせない小宇宙といえるでしょう。もちろん失われたと考えられる作品もありますし、さらに新ジョスカン全集に収まらなかったり、収録されているが真偽の問われる曲もありますので、ジョスカン作と呼ばれる実際の曲数はもっと多くなります。カペラの活動としては、没後500年の節目を締めるために63曲ということで区切りを付けることにしました。


63曲を声部数で分類すると、

 3声 1曲

 4声 46曲

 5声 10曲

 6声 6曲


歌詞の由来から分類すると、

 詩編を歌詞とするもの 11曲

 詩編以外の旧約聖書を歌詞とするもの 2曲

 新約聖書を歌詞とするもの 9曲

 キリストをたたえる聖書以外の歌詞 14曲

 マリアをたたえる聖書以外の歌詞 25曲


その内訳は、

 アンティフォナ 7曲

 続唱 6曲

 賛歌 2曲

 ミサ固有唱 1曲

 時禱書 4曲

 同時代の作詞 4曲

 由来不明の歌詞 1曲

 その他聖書以外の歌詞 2曲

具体的な曲名はホームページに掲載しますのでご覧ください。割合として聖母にちなんだ作品が多いですが、15、16世紀にはそれだけ聖母崇敬が盛んだったということであり、また聖母が宗教感情に訴える、音楽を通した共鳴が求められる対象でもあるということかとも思います。3部構成となる本日のプログラムも、第2部の2曲を除いてすべて聖母のモテットです。第1部は「モテットによるミサ曲集」motettimissalesというジャンルの連作モテットによる聖母ミサ、第3部の中心はルネサンスの時代に各地で盛んに行われていた夕べの祈祷会である「サルヴェの祈り」として組んであります。

モテッティ・ミッサーレス

モテッティ・ミッサーレス motetti missales とは、1500年前後に北イタリアのミラノに壮大な城を構え支配していた大貴族スフォルツァ家における、ミサの典礼の際に歌われた連作モテットのことをいいます。「モテットによるミサ曲集」と訳してみたものの、様々なミサ曲が含まれている曲集という意味ではなく、キリエやグロリアなどミサ通常唱ではない随意の歌詞による複数楽章からなるポリフォニー宗教作品という内容です。スフォルツァ家に仕えていたコンペール、ヴェーアベーケ、ガフーリウスといった作曲家たちによる作品がミラノ大聖堂の写本群に残されています。ミサそのものは祭壇で司式をする司祭がその式文をすべて唱え、儀式として遂行することで成立しますので、実は聖歌隊が何を歌っていても構わないということで、ミサの式文によるミサ曲ではなく、別の歌詞のモテットを歌わせる、ということがあったようです。たとえば時代は異なりますが、フランス・バロックのグラン・モテはヴェルサイユ宮殿におけるミサの際にルイ14世が好んだ宗教音楽で、ミサのため音楽ですが歌詞はミサの式文ではなく多くの場合劇的な詩編に基づいています。ミラノにはアンブロジオ典礼という特有の典礼形式が伝統的に伝わっていますが、どの程度モテッティ・ミッサーレスと関係があったのかは分かりません。おそらくはスフォルツァ家独特のミサだったのではないかと思われます。列席したある使節によると、グロリアやクレドの最初の一節を通常は司式司祭が声高に朗唱するはずが、それすら行われず美しい音楽が歌われていた、と驚き報告した記録が残されています。コンペールらの作品は8曲ほどのモテットのセットからなり、タイトルに「入祭唱として」Loco Introitus、「グロリアとして」Loco Gloriaといった言葉が添えられており、本来の式文の代用、あるいは司祭がその式文を唱えている時に歌われる曲、ということを示しています。

ミラノのジョスカン

1483年ルイ11世亡き後のフランス王室の聖歌隊、1477年シャルル豪胆公亡き後のブルゴーニュ宮廷の聖歌隊はそれぞれ衰え、まだナポリやフェラーラも音楽的に成熟していなかった1480年代のミラノでは、1476年にガレアッツォ・マリア・スフォルツァの暗殺があったものの、当時のヨーロッパ最高水準の音楽活動が引き続き行われていました。スフォルツァ家の1480年の記録では20人の歌手、17人のトランペット奏者、7人の宮廷楽士を数えています。ジョスカンは1480年代の始め頃、おそらくはルイ11世の宮廷聖歌隊に属していましたが、その没後、1484年6月20日の記録にはミラノの枢機卿アスカニオ・スフォルツァの家臣として名を連ね、この年からイタリアに滞在していたことが知られています。若き日をフランスで過ごした後に、押しも押される大作曲家としての名声を手にしたのはイタリアでのことでしたが、その出発点がミラノでした。その後ジョスカンはローマに移り教皇庁カペラ・システィーナの聖歌隊隊員となります。従来のジョスカンの伝記ではミラノ滞在の期間は長年に渡るとされてきましたが、今では類似した名前の別人の記録をジョスカンと勘違いしたため起きた誤りで、実際はおそらく1年かそれよりも短い期間だったと考えられています。

「あなたの御顔を慕い求め」

ジョスカンにもモテッティ・ミッサーレスではないかと思われる連作モテットがいくつかあります。楽章数や作曲様式から見てコンペールらの作品にとても近いことからそう考えられますが、確証はありません。ひょっとすると既にフランス時代にミラノから最新の楽譜を入手していて、ミサ曲に代わる大規模な音楽作品の形式としてそういった作品を参考に創作したかもしれません。しかし当時の宗教作品は創作の依頼や具体的な上演の場が想定されず作られることはまずないので、スフォルツァ家のミサのための作品である可能性が十分に考えられます。本日は連作モテット「あなたの御顔を慕い求め」"Vultum tuum deprecabuntur"をミラノでの聖母ミサという想定でプログラムを組みました。

この作品は全部で7つの部分からなり、現在に完全な姿で伝えているのはイタリアの出版業者ペトルッチによる1505年の印刷譜(Petrucci, Motetti libro quarto 1505)のみです。その他残されている5つの手稿写本には、そのうちの2楽章から5楽章のみが順不同に記され、6つの写本では第5楽章だけを単独で伝えています。ペトルッチの版が本来の姿を正確に伝えているのか、あるいは恣意的に収集して配置したのか、その辺りは分かりません。音楽的には7つの部分には一貫性がありひとまとめにするのにふさわしく、7という数字が象徴的な意味を持つとも考えられます。ペトルッチの曲順は番号通りに並べると以下のようになります。

I.「あなたの御顔を」"Vultum tuum"

II.「神聖なる産みの親」"Sancta Dei genitrix"

III.「ああけがれなきおとめ」"Intemerata virgo"

IV.「ああマリア」O Maria

V.「心を尽くして」"Mente tota"

VI.「わたしたちのために祈ってください」"Ora pro nobis"

VII.「キリスト、神の御子」"Christe, Fili Dei"

このままで7楽章の組曲として演奏しても十分説得力のある構成ではありますが、典礼音楽としてみた場合、特にモテッティ・ミッサーレスとして考えるといくつか変更が必要です。モテッティ・ミッサーレスには決まって、御聖体であるパンとぶどう酒を聖別して司祭がそれを高く持ち上げる聖体奉挙の場面で歌われる曲が含まれています。ミサのなかでも最も厳かな瞬間ということで、各音フェルマータで引き延ばされた和音がゆったりとつづく様式で作られています。そのような曲はジョスカンのこの作品にはありません。しかしそういった性格の強い曲がペトルッチの他の曲集に含まれています。それが「あなたのみがくすしき御業をなさるかた」"Tu solus qui facis mirabilia"で、これを聖体奉挙時 Loco elevatione のモテットとして加えます。

さらにVII.「キリスト、神の御子」"Christe, Fili Dei"は3つのセクションからなり、内容的にはミサの式文「アニュス・デイ」そのものですので、これをアニュス・デイの場面でLoco Agnusとして、次のVI.「わたしたちのために祈ってください」"Ora pro nobis"と順番を入れ替えます。この第6楽章は歌詞の最後が「アーメン」で終わる唯一の曲で、そこに到る曲のクライマックスに向けた作りも華やかで、「神に感謝」Deo gratiasに代わる終曲らしさがあります。

もうひとつ、やはりペトルッチの他の曲集に含まれる曲で音楽的な類似性があり、連作モテットに元々含まれていたのではないかと推測できる作品があります。それが、有名な「めでたし、マリア、清けきおとめ」"Ave Maria...Virgo serena"に対して「小さなアヴェ・マリア」として知られる「めでたし、マリア...祝福された方」"Ave Maria...benedicta"です。これを奉納唱として加えます。

このようにして本日の聖母ミサを組みましたが、これはニューヨーク、イーストマン音楽学校のパトリック・メイシー教授の提案に従ったものです。各曲はどれも比較的短く、分かりやすい模倣、2声部ずつのペアの模倣などによって、歌詞を表出的に畳み掛けるように、時に情熱的に語り出していきます。随時織り込まれた3拍子のセクションや和音のブロックが連続し、歌詞を際立たせるセクションが曲に彩りを添えます。他の作曲家のモテッティ・ミッサーレスに比べるとジョスカン作品では歌詞の各行が終始のカデンツによって区切られることが少なく、巧みに折り重なり、淀みなく続いていく様が見事です。

2曲加えて9つの楽章をひとまとまりの作品と見ると、ミサ曲以外ではかなりまとまったボリューム感のある音楽となっています。小声で聖母ミサの式文を唱え司祭が祭壇で行う儀式を、歌手の向こう側にイメージしながらお聴きください。これに先立ち、グレゴリオ聖歌による聖母ミサの本来の入祭唱を演奏します。第1曲の冒頭の歌詞と旋律がこの聖歌によっているので、演奏会全体の導入という位置付けです。

極上に純粋な聖母モテット

性格の異なる3つの曲を集めた第2部は聖母モテットにより幕を開けます。グレゴリオ聖歌の続唱「けがれなく、完全で、貞淑な方」"Inviolata,integra et casta es"と、その聖歌の旋律を軸に据えたジョスカンの5声のモテットです。聖歌の旋律はほぼ原型のまま内声の2つの声部が5度音程を違えたカノンとして歌われます。一つの声部がファファファソラと歌い始めると、その5度上のドドドレミの高さで追いかけていくというものです。3つの部分からなり、長さを変えず基本的な音価であるセミ・ブレヴィスを1拍とすると、第1部では6拍遅れ、第2部では4拍遅れ、第3部では2拍遅れ、と3:2:1の割合で間隔を詰めていく、という構成になっています。穏やかに上下するカノンに、残りの3声が音域の広いダイナミックな旋律を繰り広げていきます。全体に聖母の純心が輝き続ける、ジョスカンのモテットのなかでも最高に清らかな作品です。

マグダラのマリアの賛歌

第2部の他の曲は今晩のプログラムのなかで例外的に聖母と関連のない2曲で、その1曲目はマグダラのマリアの祝日のための賛歌 Hymnus です。マグダラのマリアは犯した罪を悔いてキリストに従い、高価な香油の壺を割ってキリストの足に塗り、弟子たちに咎められますが、キリストはそれを十字架に向かう自分への弔いなのだと弟子たちをたしなめます。これまでこういった典礼の作品を演奏する機会がなかったため最後まで残ってしまいました。ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に残されている Cappella Sistina 15 という写本に収められています。ジョスカンがローマに滞在していた時期、1490年代中頃に作られた写本で、ここにはその半世紀以上前に作られたデュファイによる賛歌の年間サイクルが含まれています。賛歌は数節からなる有節歌曲で、例えば奇数節がグレゴリオ聖歌、偶数節がポリフォニーの交互唱として歌われます。この写本ではポリフォニー部分がデュファイに加えて、同時代を含む様々な作曲家による節が加えられています。最初の第2節がデュファイ、4、6、8節が別の作品といった具合です。ジョスカンも聖母の賛歌「めでたし海の星」"Ave maris stella"の第4節「母であることをわれらに示してください」"Monstrate esse matrem"を作っています。これは本日の演奏会と同じタイトルのカペラによる最初のCD「サルヴェの祈り」(2001年発売)に収録されています。そこでは残る節のポリフォニーもジョスカン作品として記載していましたが、どうやら4節だけがジョスカンで、それ以降は名の知られていない他の作曲家によるものということのようです。この写本に含まれるもう1曲のジョスカンによる賛歌が、本日のマグダラのマリアの賛歌「マリアはナルドの清らかな香油を」Hymnus: Nardi Maria pistici" の第2節「誉れ、栄光、支配は」"Honor,decus,imperium"です。写本では第1節がグレゴリオ聖歌で、ポリフォニー部分としてこの第2節が記されています。賛歌が2節だけで終わるということはまずなく、たいていは7節、8節と多くの節からなっています。この賛歌の場合も「救いの大いなる喜びを」"Magnum salutis gaudium"を第1節とする曲が伝えられています。2節だけでは短すぎて賛歌の性格が伝わりませんので、本日は4つの節の交互唱という形で再構成して演奏することにしました。

詩編モテット

もう1曲の5.「主よ、あなたの怒りのうちに」"Domine, ne in furore tuo"は詩編作品です。同名のモテットがもう1曲ありますが、そちらは1行目が同一の別の詩編(37篇)で、今日の詩編は第6篇です。詩編全体が2部構成のポリフォニーに作曲されています。旧約聖書の祈りの書である詩編は聖務日課の中心として日々の祈りとして唱えられますし、グレゴリオ聖歌の歌詞として詩編の一節が使われることはとても多いので、ポリフォニー作品の歌詞になるのは当然の流れといえるかもしれません。しかし、一つの詩編を丸々ポリフォニーにするということは、15世紀にはそれほど一般的でなかったようです。ジョスカンが詩編モテットに力を入れて名作を生み出したことで、やがて16世紀にはジョスカンの名を冠した偽作の詩編モテットが特にドイツ語圏で多数作られるようになっていきます。それほどのインパクトがあった、ということでしょう。

「主よ、あなたの怒りのうちに」"Domine, ne in furore tuo"も苦しみ、悲しみのなかにあって、何とか神のあわれみ、助けを得たいという切実な願い、魂のうめきが聞こえてくるようです。

サルヴェの祈り

ミサ、聖務日課といった聖職者による正規の典礼ではなく、貴族や町の親方たちが主催する夕べの祈り「サルヴェの祈り」がヨーロッパ各地で行われていたことが知られています。本日の演奏会のお知らせに使った絵画にその模様が描かれています。そこでは夕暮れ時、大教会の中にある小聖堂に人が集まり、祭壇には聖母の祭壇画があり、その前に置かれたクワイヤブックが蝋燭の火に照らされ、8人の歌手がそれを囲んで立って歌っています。ベンチにはおそらく主催者、出資者の数人が座ってひょっとすると小声で何か話しながらポリフォニー作品が歌われるのを聞いています。遠巻きにその様子を眺めながら祈りをささげるご婦人の姿なども描かれています。サルヴェの祈りでは何曲かの聖母への祈りの聖歌が歌われた後、決まって「めでたし元后(サルヴェ・レジーナ)」が歌われ、そこに付随する祈祷が唱えられた後、「神に感謝」を一同で唱えて終わります。30分程度の祈祷の会であったと思われます。本日のプログラム6番から9番まではそういった会を再現したものとして構成しました。

最初の聖歌は続唱「自然の摂理に逆らって」"Praeter rerum seriem"で、聖母の不思議な出産を物語り、聖母を讃える歌です。オランダのデン・ボスにあった、主に有力貴族を中心とした信心会である聖母兄弟団が15世紀に作らせた写本には、この聖歌が3拍子のリズムを伴った形で記譜されています。本日はそれに基づきリズムつきで歌います。

3拍子はジョスカンがこの聖歌を使って作曲したモテットにも大きな刻印を押しています。聖歌は原型を保って一つの声部に引用されますが、最初はかなり長い音価に引き延ばされた3拍子で、その後セクションごとに音価を小さくしていき、いわば3拍子のスピードを次第に早め、最後には踊るような躍動的な3拍子で歌われます。それが2拍子を基本としたその他の声部の動きと常に食い違ったり同期したりを繰り返しながら進むので、楽曲構成を意識していると、そのリズムの多様性に目も眩むようです。6声部のモテットで、3声ずつ、高声と低声で対話するような箇所があり、また様々な声部の組み合わせでスピード感あふれる模倣も組み込まれていて、6声という編成が存分に生かされています。最後の「御母よ、めでたし」Mater ave.では全体がゆったりとした2拍子に落ち着き、壮大な終結部となっています。

2曲目はこのサルヴェの祈りを主催した一族のための、聖母への祈りという想定です。歌詞の最初の4行は聖母ミサの奉納唱ですが、本来その部分は「わたしたちから(神の怒りを退けてくださいますように)」a nobisと終わるのですが、「a」の1音で長大な旋律がメリスマとして歌われることから、後にそのメリスマに創作した歌詞が挿入句「トロープス」としてあてがわれました。「この一族から」ab hanc familia以降の歌詞がそのトロープスにあたります。この曲はとても特殊な編成で、高い声部ばかりの四重唱です。少年4人のグループのために作られたのでしょうか。4部のカノンを思わせる始まりですが、その後思いもかけぬ方向へと発展し、後半部分では1行が5音節しかないトロープスの詩を多様に展開していきます。

ジョスカンによる「めでたし元后(サルヴェ・レジーナ)」は2曲残されており、それぞれ全く異なる原理によって作曲されています。4声の方は、2つの旋律をそれぞれ1拍ずれ、4度上で模倣していく二重のカノンという高度な技法で作られています。YouTubeのfons florisチャンネルにヴォーカル・アンサンブルカペラによる演奏がありますので、是非ご覧になってください。そして本日の5声のサルヴェ・レジーナでは、テノールの声部が「サルヴェ」Salveという言葉を歌う元の聖歌の冒頭の4音を、全曲を通して二つの異なる音高でひたすら繰り返していきます。1回目が高いソファソレで、2回目が4度下のレドレソ、それぞれの「サルヴェ」音型の間にはまったく同じだけの休符が挟まれています。2回が1セットで全曲では12セット繰り返されます。ジョスカンは最初にそのような枠組みをがっしりと組み立ててしまい、そこに残りの4声を肉付けしていったというわけです。こういった手枷足枷をあらかじめ設けて、そのような全体の構造が前提としてあるにも関わらず、実に情感豊かに、時に複雑に声部が絡み合い、時に表出的に情熱的な祈りの歌が繰り広げられていくのです。これこそジョスカンの真骨頂と言えましょう。本日使用する楽譜はミュンヘンのバイエルン州立図書館にある16世紀初頭の大変美しい写本で、そこには様々な作曲家によるサルヴェ・レジーナばかりが29曲も収められています。サルヴェの祈りを始めとしてサルヴェ・レジーナを演奏する機会がそれだけ多かったということでしょう。そしてこの写本の冒頭を飾るのが、まさにジョスカンによるこの5声のサルヴェ・レジーナなのです。4声の作品と合わせてどちらも間違いなくジョスカンのモテットのなかでも最高傑作といってよいでしょう。

若き日のモテット

締めくくりの祈祷の後でプログラム最後の曲として演奏するのは、おそらくはジョスカンの若き日の作と考えられる、すがすがしくさわやかな聖母への祈りの歌「あがない主を育てた母・めでたし天の元后」“Alma Redemptoris / Ave Regina”を演奏します。大先生にあたるデュファイの作風を受け継ぎ、先輩オケゲムの旋律を借用しながらも、ジョスカンの個性が鮮明が発揮されています。2つの異なる聖歌を合わせて、それぞれの旋律を生かし、2つの歌詞を終始同時進行しながらも、えも言われぬ調和の取れた世界を作り上げているのです。この最後の曲はヴォーカル・アンサンブルカペラが1996年に活動を開始する時、最初に取り上げた作品です。

ジョスカンのモテット全曲演奏達成、締めくくりの演奏会には、この20数年の間にやり残した曲が含まれているわけですが、決して残り物の消化といったことにはならない、変化に富んだ、質の高い作品が並ぶプログラムとなりました。内容が濃すぎて逆に消化不良になってしまうかもしれませんが、この豊穣なジョスカンの世界を、どうぞごゆっくりお楽しみください。そしてこの記念の年が皆様にとりましても実り豊かな、恵みの一年となりますよう、心より願います。