2022年10月19日水曜日

【期間限定公開】カペラ10月公演プログラム・ノート

 


譜例1


Da pacem, Domine,

in diebus nostris,
quia non est alius,
qui pugnet pro nobis
nisi tu Deus noster.

平和をお与え下さい、主よ、
わたしたちのこの日々に。
なぜなら他にはいないからです、
わたしたちのために闘う者は、
わたしたちの神であるあなた以外には。


ノエル・ボールドウェインについて

この力強いグレゴリオ聖歌を元にして作られているのが本日のプログラムの中核をなす作品、ミサ《平和をお与え下さい》Missa Da pacemです。全曲を通してこの聖歌が、主にテノールの声部で高らかに鳴り響き、神に平和を祈願します。宗教改革者マルティン・ルターはこの聖歌をコラール”Verleih uns Frieden gnädiglich”(讃美歌21の422番「主よ、この時代に」)として改作していて、広く親しまれていた旋律であることを伺わせます。

このミサ曲の作者ノエル・ボールドウェイン Noel Bauldeweyn は現代ではほとんど知られていないフランドルの作曲家ですが、その名を冠した音楽作品としては7つのミサ曲、13のモテット、そして世俗歌曲が1曲残されています。

この時代にはよくあることですが、そもそも名前の綴りも複数知られていて(Balbun, Balduin, Bauldewijn, Baulduin, Baulduvin 等)、カタカナでどのように表記したらいいか難しいところです。フラマン語(オランダ語)に近づけるとバウルドウェイン、バウルドワン、といった感じになりますが、「バ」は暗い響きの「ボ」に近い音です。20世紀ベルギーの国王はフランス語式にはボードゥアン Baudouinで、オランダ語綴りだとBoudewijn ですが、それに近い形の名前と思われます。

ボールドウェインの生涯について知られていることは1509年から1513年の間、メヘレン Mechelen(現在のベルギーの町)にある聖ロンバウツ(聖ランボルド)教会の聖歌隊長 Magister cantorumを務めていたということだけです。16世紀初頭のメヘレンにはブルゴーニュ・ハプスブルグの宮廷があって、この教会は宮廷が頻繁に使っていたので、これはかなり重要な役職であったわけです。そしてジョスカン・デ・プレとちょうど同時期に同じ地域で活躍していたということになります。その作品のいくつかは宮廷写本工房アラミレ制作の豪華写本に収録されています。半分以上の作品が、15世紀に一般的だった4声ではなく5声、6声であることから、おそらくはジョスカンよりはいくらか若い世代なのではないかとも考えられます。


一転、忘れられた存在へ

ミサ《平和をお与え下さい》Missa Da pacem もアラミレの写本にあり、そこでは作曲者名が明記されています。ところがもっと後の時代のドイツの印刷楽譜には作曲者としてジョスカン・デ・プレの名前が記され、その印刷楽譜を書き写したと思われるいくつかの手稿写本でも作曲者はジョスカンとされています。そういったことから、特に写本よりも印刷楽譜に信頼を置く傾向の強かった20世紀前半の音楽学の世界では、この曲はジョスカンの作品、それも最晩年のミサ《パンジェ・リングア》と並び称される巨匠後期の傑作という評価を受けていました。初期の現代譜はドイツの音楽学者フリードリッヒ・ブルーメ監修による合唱作品シリーズ Das Chorwerk 第20巻(1932年刊)にやはりジョスカン・デ・プレの作品として出版されています。ところが1970年代になるとアラミレの写本の作曲者表記の信頼性と、詳細な楽曲分析によって、あまり知られていない作曲家ボールドウェインの作であることが一般に認められるようになり、そのとたん名曲としての地位が失われて、ルネサンス音楽演奏者、愛好家からも忘れられた存在となってしまったのでした。

もちろんそのことで作品の質そのものが変化するわけではありません。大学者達がジョスカンと信じて疑わなかった作風、クオリティがあることには違いありません。ジョスカン作品に学び、範を取った、いわばかなり成功したジョスカン追随者、模倣者と言ってもいいのではないでしょうか。しかしボールドウェイン独自の語法もここかしこに見られます。


ジョスカンに倣って

ジョスカンのミサ《パンジェ・リングア》を思わせる特徴のひとつに、各声部が聖歌「平和をお与えください」の旋律に基づいた比較的短いモチーフを各声部が繰り返し積み重ね模倣していくことで、明瞭で聴き取りやすいポリフォニーの構造を創り出していることがあります。次から次へと旋律を繰り広げていくのではなく、モチーフの繰り返しがポリフォニーの複雑な絡みの中に一つの音楽的方向性を刻印して、くっきりとした造形となっています。また、ほとんど和音の連続だけの特異なセクションがクレドの楽章にあります。「聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け」Et incarnatus est の部分ですが、これはミサ《パンジェ・リングア》の同じ歌詞のところと似ていて、和声進行が大変美しく、全曲の中でも特に感動的な箇所です。

ジョスカンのミサ曲ではよくアニュス・デイの最終節で声部数を増やして6声にすることがありますが、このミサ曲でも第3アニュスは6声になっています。それは、定旋律「平和をお与え下さい」Da paceがゆったりとした音価で、スペリウス、バッスス、テノールという順番でオクターヴずれた完全な3声のカノンとして組み込まれ、それぞれに他の3声が細かい音価の対旋律を付け加えるという技巧的な作りで成り立っています。アニュス・デイは3部構成なのですが、第1アニュスではそれまでのテノールに代わってバッススが「平和をお与え下さい」Da pacemの旋律を歌います。第2アニュスではバッススとテノールが5度ずれの完全な2声のカノンとなっていて、そして第3アニュスで3声のカノンとなるように、一つずつ聖歌の声部が増えていくように仕組まれているのです。

このカノンのパートはほとんど原曲の聖歌の旋律そのままなので、歌詞も、他の声部の「世の罪を除く神の小羊よ」Agnus Dei, qui tollis peccata mundi ではなく、聖歌の歌詞「平和をお与え下さい」Da pacem で歌われます。

譜例2

すべての他の楽章で聖歌による旋律を担当するテノールの声部には、アラミレ写本にはその旋律の下に2段組で、聖歌の歌詞と他の声部と同様のミサのテキストが記されています。(譜例2)赤い文字で書き込まれた聖歌の元の歌詞は、この旋律はこの歌詞の聖歌だということを示しているということも考えられます。よくミサ曲の写本の冒頭、キリエのテノールのパートに、原曲の歌詞がテノールに添えて書かれていることがあり、それはその歌詞で歌うというよりは、元の旋律が何なのかを示している、曲のタイトルのようなものです。しかしこのミサ曲では全編を通して歌詞を付けて歌えるように書き込まれているので、明らかにその通りに歌うことが想定されています。まさか2人の歌手が異なる歌詞を同じ旋律で歌うということはないので、ここはどちらかを選びなさいということなのでしょう。テノールの旋律の動きを見ていくと、聖歌の音を忠実に残しているところと、他の声部に合わせてポリフォニーの中に組み込まれていくところがあります。従って今回の演奏では、聖歌の性格が強いところでは聖歌の歌詞で、それ以外の箇所はミサの言葉で、というハイブリッドにすることにしました。

各楽章の冒頭では例えばキリエの歌詞でコントラテノールが始めた最初の旋律を、スペリウス、バッススが模倣した後で最後にテノールが「平和をお与えください」Da pacemという歌詞で聖歌を歌い始める箇所は何回聴いても実に効果的です。作曲者も何回でもまた聴きたい、と思ったのかわかりませんが、すべての楽章の冒頭部分はだいたい同じ音楽になっています。実はこれはデュファイなど前の世代の作曲家のミサ曲に見られる常套手段で、そのことで典礼の中でばらばらに歌われるミサの各楽章が、一つのまとまった作品であることを印象づけるのです。この辺りがジョスカンは違うところで、ジョスカンなら各楽章の冒頭は変化を付けて違った音楽にすることが多いです。

同じ楽曲の繰り返しという点では、ボールドウェインは各セクションの最後の部分についても、他にはあまりみられない手法を使っています。いわゆるコーダにあたる部分はどの楽章でもポリフォニーの絡みがとても美しく巧みに組み上げられた音楽となっており、まさにお見事な出来映えです。そしてそのコーダ部分はその都度ほとんど形を変えずにもう一度繰り返されて、強い印象を与えます。ぜひ注目して聴いて頂きたいところです。


録音されていたボールドウェイン

さて、ボールドウェインにはもうひとつ、ジョスカン作品とみなされていた曲があります。それが11. 「めでたし、愛しいキリストの御肉」”Ave caro Christi cara” です。キリストの御身体である御聖体に向けて平和とあわれみを願う祈りのモテットです。これがやはり16世紀ドイツの印刷楽譜では冒頭の歌詞が「めでたし、屠られたキリストよ」”Ave Christe, immolata”となっていて、そしてジョスカン・デ・プレの作品として伝えられていますが、現在ではボールドウェインの作という認識が一般的です。

2017年に全日本合唱連盟が皆川達夫先生他の監修で出版した「ルネサンス・ポリフォニー選集」の中にこの16世紀の印刷譜のバージョンでジョスカン作品として収録されています。しかもこの曲集では本来は3部構成のモテットの第3部が欠けていて、そのことは残念ながら解説でも触れられていません。そういうことは他にもあって、有名なパレストリーナの「鹿が谷川の水を慕い求めるように」”Sicut cervus” も2部構成ですが合唱団の演奏会などでは前半しか歌われないことがほとんで、そういう曲だと思っている人も多いのではないでしょうか。この印刷譜バージョンでやはり20世紀前半にはジョスカンの名曲としてよく演奏されていたらしく、何と「ジョスカンの作品」として始めて音源に録音されたのがこの曲だということです。

確かに2声のペアの模倣になっている冒頭のテーマは、ジョスカンによるウェルギリウスの叙事詩の基づく4声の作品「悪しき噂」Fama malumに酷似しています。しかしその後の楽曲展開を分析したり、あるいは残されている資料の状況を調べてみれば、ボールドウェインの作だということがかなりはっきりします。いずれにせよ、大作曲家の作品と信じられるほどの名作であることに違いはありません。


雅歌のモテット

本日のプログラム最後に演奏するもう一つのモテット19.「あなたはなんと美しく」“Quam pulchra es”は旧約聖書の雅歌から歌詞を取った大変麗しい聖母への祈りの歌です。このモテットを元にしてボールドウェイン自身と、さらに次の世代の重要な作曲家ニコラ・ゴンベール Nichola Gombert がミサ曲を作曲しています。これも2部構成ですが、前半と後半でテンポを変えて、「おいでなさい、私の愛する人よ」Veni dilecte mi というところから早く演奏するようになっています。愛する人の美しさがさまざまに讃えられた後に、さあ、野原に出て行きましょうというところで、より生き生きと演奏しなさいということなのでしょう。これが単に恋人同士の愛の歌ではなく、聖母の祝日にそういうものとして解釈するべき歌詞なのだということが、最後のアーメンに表されているかのようです。

ミサ曲の定旋律と同じ「平和をお与え下さい」Da pacem, Domineという言葉の入祭唱Introitus で始まるグレゴリオ聖歌の平和のミサ固有唱を交えた、典礼の形式でプログラム全体が組まれています。平和の祝日というのは教会の暦にはないのですが、いろいろな機会に「随意」に行うミサとして平和のミサが定められています。「知られざる」作曲家ボールドウェインの、実は「知る人ぞ知っていた」傑作を、今この時に求められている平和への願いを込めてお聴きいただければ幸いです。