2019年5月21日火曜日

【期間限定公開】カペラ5月公演プログラム・ノート



プログラム・ノート



オケゲムという人

本日のミサ曲の作曲家オケゲムは世代的にはルネサンス音楽最初の巨匠デュファイの後輩、フランドル・ポリフォニー最盛期のジョスカン・デ・プレやラ・リューらの先輩にあたります。ラテン名を採ってヨハンネス・オケゲムと呼ばれてきましたが、一応基準としているニュー・グローヴ音楽事典に準拠してフランス式にジャン・ド・オケゲムと表記しています。3代にわたるフランス国王に仕えたフランス宮廷の音楽家です。オケゲムはポリフォニーによる最古の死者のためのミサ曲「レクイエム」で有名ですが、他にも様々な形のミサ曲、数は少ないですが趣向を凝らしたモテット、そして他の作曲家たちにも影響を与えた美しい世俗歌曲、「シャンソン」がいくつか残されています。
特にポリフォニーの作曲家として、計量記譜法の特質を生かしたほとんどアクロバットのような対位法的作品、また教会旋法の可能性を追求してどんな旋法でも歌えるという、音部記号のない作品など、理論派志向の面もあり、後世にはそのような面が強調されて紹介されていました。しかしシャンソンをどれか1曲聴いてみれば分かるように、とても美しく流麗な旋律を創り上げる感性の持ち主でもあります。また、音楽の特質がネガティブな概念でしか表現できない謎めいた作風とも言われてきました。旋律が果てしなく続いて終わらない、明確な区切りがあまりない、作品を構成する原理が見いだせない、分かりやすいモチーフの反復がない、模倣もほとんどない、など。その上、低い音域で聴き取るのが難しいほど密集してうごめく箇所があったり、速く細かいリズムの爆発のような箇所が唐突に現れたりということもあり、気むずかしい人物といったイメージさえありました。
そのようなことから、オケゲムの聖歌隊を描いたという写本の細密画の中に、眼鏡をした黒頭巾のいかめしい老人がいて、それがオケゲムだと考えられたこともありましたが、実際には、国王から贈られたことが記録として判明している朱の布地を使った衣をまとった端正な顔立ちの人物がオケゲムだろうということになっています。バスを歌っていたということで、聖歌隊用の演奏用楽譜「クワイヤブック」でちょうど低声部バッススのパートが通常記されている辺りに立って聖歌隊を歌いながらリードしています。本日のプログラム最後のジョスカン・デ・プレによるオケゲムへの哀悼歌の歌詞にもあるように、美しい体つきをしていて、音楽家達の「父」と慕われ、また悪徳に染まらない高潔な人柄であったことも知られています。

ミミという名前

オケゲムのミサ《ミミ》は、とにかく曲名が特異です。一般的にルネサンス時代のほとんどのミサ曲は、ある既存の旋律、例えばグレゴリオ聖歌、あるいはその一節や、世俗歌曲のテノールのパートなどを定旋律として楽曲構成の骨組みとしたり、あるいはポリフォニーの楽曲全体を下敷きにしてそれを展開していくといった方法で作られています。ミサ曲のタイトルはその原曲によって名付けられます。例えばジョスカンのミサ《パンジェ・リングワ》は"Pange lingua"という歌詞で始まるグレゴリオ聖歌の賛歌の旋律を全曲を通して使っていることからそのように呼ばれます。なかには既存の旋律を使わず、ゼロから自由に作られたミサ曲も数は少ないですが存在していて、例えば名前のないミサ曲「ミサ・シネ・ノミネ」Missa sine nomineと名付けられたりします。パレストリーナの有名な「教皇マルチェルスのミサ」もそのような自由に作られたミサ曲の1つです。
それに対して「ミミ」というのは、ドレミのミを2つ重ねたものと考えられます。そういったドレミがタイトルのミサ曲は他にもあります。例えばジョスカンのミサ《ラソファレミ》ですが、ラソファレミという旋律がミサ曲の中で何百回も繰り返されます。では「ミミ」はどういう旋律かというと、同じ高さのミが並んでいるのではなく、実際にはミーラという下降音型を指していると理解されています。各楽章の冒頭主題としてバッススの声部が毎回ミーラという音型を歌います。それをミミとするのは中世・ルネサンス時代の階名唱法「ソルミゼーション」に基づいた読み方です。ソルミゼーションでは3種類の6音音階「ヘクサコード」ut re mi fa sol laを組み合わせて歌います。この時代に「シ」という言い方はありません。ラまでの6つでおしまいです。ドutから始まるのが基本ヘクサコードhexachordum naturaleで、そのなかのファfaをドutに読み替えて4度上から始めると柔らかいヘクサコードhexachordum molleで、そこでは基本ヘクサコードのラの上が今でいうシのフラットになります。そして基本ヘクサコードのソsolをドutに読み替えると固いヘクサコードhexachordum durumになり、そこでは同じシが今度はナチュラルになります。基本ヘクサコードのラは、柔らかいヘクサコードではミ、固いヘクサコードではレに相当します。オケゲムのこのミサ曲では、2音のモチーフの二つ目の音であるラの上にシのフラットが想定されることから柔らかいヘクサコードとみなされて、ラはミとなり、ミ—ラという旋律はそれぞれ基本ヘクサコードのミと柔らかいヘクサコードのミにあたるので、ミミとなるというわけです。
これには異論があります。この曲を伝える3つの写本のうちの1つであるキージ写本Chigi codexには段の最初の音部記号のところには、「シ」のフラットが記されていません。よく見ると修正して消されたようにも見られます。この写本には他にもフラットが消されたとも思われる箇所がいくつもあります。誰がいつどのような意図で消したのかはわかりません。あえてフラットを消したならラをミと読ませないということかもしれません。そもそもこのバッススの旋律はミーララミファミと続き、ラの直ぐ後にシのフラットの音は出てこないので、ミーラという旋律をミミとソルミゼーションで読むのは無理があるのではないかという考え方もあります。
またそもそもミサ曲のタイトルとなる定旋律は一般的にテノールが担うのであって、それも全曲の中で繰り返し現れます。この「ミミ(ミ—ラ)」はバッススだけに現れ、それもほぼ冒頭主題に限られます。特徴的とはいえミサ曲のタイトルにするのにふさわしいといえるかどうかは疑問です。キージ写本では、他の一般的なタイトルと同様曲の最初キリエのテノールのパートに「My my」と赤字で書かれていて、ミミがミサのタイトルであることを明示していますが、テノールにそのモチーフが現れることはありません。


キージ写本ミサ《ミミ》キリエ バッススのパート。
ミーラ(ミミ?)という冒頭主題で始まっている。

キージ写本ミサ《ミミ》キリエ テノールのパート

この曲を伝える残りの2つの写本のうち1つにはタイトルが記されておらず、もう1つにはミミではなく「第4旋法のミサ」Missa quarti toniと記されています。第4旋法は終止音finalisがミ、主要音dominantがその上のラである教会旋法です。ミサ《ミミ》は第4旋法の特性が強烈に生かされた、まさにミの旋法のミサ曲です。一説によると、終止音と主要音、そしてその旋法のだいたいの音域をソルミゼーションで表す言い方が15世紀にはあって、第4旋法はミミラミと言えるということです。そのことから第4旋法のミサ曲であるということでミサ《ミミ》と名付けたのかもしれません。第4旋法のミサ曲はそもそも数が少ないし、原曲がない自由な作品ということで、そのような命名になった、つまりミサ《ミミ》とは単に「第4旋法のミサ曲」の別の言い方だというのです。実際に他にもミミというタイトルが付けられた第4旋法の作品がいくつか知られています。

シャンソン「プレスク・トランジ」

オケゲムによる、その作風からしておそらくは比較的初期の作品と思われる世俗歌曲に 0. ヴィルレー「ほとんど死んでいるともいえるほど」"Presque transi"があります。過酷な運命ゆえ生きる希望が何もないのに死ぬことさえできないという、苦しいけれども実に美しい嘆きの歌です。ヴィルレー Virelai あるいはベルジュレット Bergerette と呼ばれる歌曲定型で、曲は前半Aセクションと後半のBセクションの2部構成です。Bにはウヴェール ouvert とクロ clos、という2つの終止部があり、それぞれ開いている、閉じているを意味します。Bセクションが繰り返される際のいわば1括弧、2括弧にあたりますが、ウヴェールの方は曲の終止音とは違う、まだ途中の感じの終止で、クロはきちんと終結している感じになります。A、B(ウヴェール)、B(クロ)と進んだ後、Aの音楽で違う歌詞を歌い(a)、最後に始めのAの歌詞をもう一度歌うというABb'aAの形式です。小文字は違う歌詞、ダッシュは終止の違いを表しています。歌詞対訳ではBにあたる3行はイタリックになっています。
この曲のいろいろな旋律がそれぞれ多少変形されながら、しかしそれと分かる形でミサ《ミミ》に使われているということが1980年代に音楽学者の宮崎晴代さんによって発見されました。宮崎説は世界中に賛否両論を巻き起こしましたが、この2曲に関連があることは、少し曲を分析してみれば直ぐに分かることです。分析しなくとも、本日のプログラム最初に演奏しますシャンソンのAセクションの冒頭部分だけ覚えて頂ければ、同じ響きをミサ各楽章の最初に認めることはそれほど難しくはないかと思います。シャンソンではそういうわけでその部分は3回繰り返されますので、覚えやすいかと思います。そして実際、ミサ曲のタイトルをミサ「プレスク・トランジ」と言い換えている例もあります。
この演奏会では曲名を変えることはせずにあくまで従来のミサ《ミミ》という名を残しています。それが現在広く知られている曲名だからですが、実は15世紀にもこのミサ曲はミサ《ミミ》と呼ばれていたと考えられます。何種類も作られたオケゲムの追悼詩のひとつに、天国でオケゲムの魂を迎える音楽家達の記述があります。その美しいシャンソンが演奏された後に、すべての楽器が鳴り止み、天国の歌手達がオケゲムのミサ曲を歌うというところで、歌われるオケゲムのミサ曲のタイトルがいくつか挙げられています。楽器が止んでア・カペラでミサ曲が歌われるというところに、演奏法のヒントも伺える興味深い箇所です。そしてそのタイトルの1つにミサ《ミミ》があるのです。また写本の目次にもミサ《ミミ》の名は記されています。しかしMissa Presque transi という記載はどこにも見つかっていません。

十字架の神秘

オケゲムはフランスの宮廷に仕えると同時に、フランス王室と深い関わりのあるトゥールのサン・マルタン(聖マルティヌス)修道院の財務官という役職にも就いていました。この修道院から広められた神学に、パリ総長でもあった哲学者・神学者ジャン・ジェルソン Jean Gerson (1363-1429)の「神秘の音階」があります。ある研究者によるとこれがミサ《ミミ》のミと関連があるのではないかということです。環境から考えてオケゲムがジェルソンの神秘的な神学に親しんでいたことは十分にあり得るのです。それによると、魂の遍歴は低次元の感覚的音階から、最終的には神との一致へと到る高次元の音階へと向かうということで、それをドレミの音ut re mi sol laの5音によって表現しています。



ジェルソンの神秘の音階

ラからくる A は神の元での輝かしい「喜び」gaudium、レの E は「希望」spes、ミの I はキリストの「憐れみ」Compassio/Misericordia、ソの O は「恐れ」timor、ド(ut)の U は人間の悲惨な「苦しみ」dolorを表し、それを高い方から順に AEIOU という音階として並べています。これは十字架の形にも組まれます。

 A
O    I  E
 U

十字架の中心にあるのがミからきている I であり、死の恐れ U から神の喜び A へと引き上げてくれるキリストの憐れみであるということになります。
シャンソンの嘆きが「ほとんど死んでいるともいえるほど」に苦しい人間の苦しみであり、5音の神秘の音階を辿って、あるいはキリストである「ミミ」をミサ曲の5つの楽章で繰り返し遍歴していくことで、魂は神の喜びへと昇っていく、そしてたどり着いた先は喜びの A と苦しみの U の中心にあるキリストその人、神の小羊アニュス AgnUsであり、バッススは3部からなるアニュス・デイの楽章の3つのセクションすべてで冒頭にミミの主題によってAgnusという言葉を歌うのです。
そもそもミの旋法は終止音ミの上がファで、ミファという半音が苦しみと同時に神秘を強く感じさせる性格を持っています。それがこのミサ曲全体を神秘的なオーラで満たしています。キリストの十字架の神秘をうちに秘めたミサ曲であるという解釈も納得できるような音楽ではないでしょうか。
そういうわけで、本日のプログラムは古来5月3日に祝われた聖十字架発見の祝日のミサという枠組みで組みました。4世紀の皇帝コンスタンティヌスの母后コンスタンティノープルのヘレナが、エルサレムでキリストがかかった十字架の木とキリストを打ち付けた釘を奇跡的に発見したことを記念する祝日です。1. 入祭唱「わたしたちはしかし栄光を」Nos autem gloriari で「そこにはわたしたちの救い、命、そしてよみがえりがあり」と歌われるように、処刑の道具であった十字架を、死に打ち勝ち命を与える、よみがえりと勝利の木として記念します。この入祭唱も第4旋法であり、思想的にも音楽的にもミサ《ミミ》にふさわしい導入ともなります。
オケゲムと近い関係にもあったロイゼ・コンペールの10.「勝利の十字架」"Crux triumphans"はまさにこの十字架の日のためのモテットです。曲の後半部分でイエス Jesus(フランス語式に発音しますのでジェズュスとなります)が何回も唱えられますが、そのたびにポリフォニーの流れをを止めて異なる和音で歌われるのが、とても印象的です。コンペールはフランドルの巨匠のひとりピエール・ド・ラ・リューと同様、昨年2018年に没後500年を迎えた作曲家で、生年は分かりませんが、おそらく1445年かそれ以前の生まれで、ジョスカン・デ・プレの先輩にあたる世代であり、オケゲムと並んでジョスカンに影響を与えたと考えられています。

オケゲムへの哀悼歌

「モテット・シャンソン」というジャンルがありまして、主要な歌詞はフランス語なのですが、そこにラテン語によるグレゴリオ聖歌が組み込まれた、たいがいは哀悼歌など沈鬱な内容の音楽です。オケゲムは、ブルゴーニュ宮廷の音楽家で、デュファイと並んですぐれた世俗歌曲シャンソンを生み出したジル・バンショワの哀悼歌を、このモテット・シャンソンの形式で作っています。このような形でのフランス国王の宮廷とブルゴーニュの宮廷の交流があったようで、オケゲムが亡くなったときに、ネーデルランドのハプスブルグ・ブルゴーニュ宮廷の詩人であるジャン・モリネ Jean Molinet が、オケゲムへの哀悼歌を作詞しました。伝統に従ってギリシャ神話の森のニンフたちに嘆きの声をあげるよう促します。前述のようにオケゲムはサン・マルタン修道院の財務官でしたが、それを音楽という財宝を管理する人"Vray tresorier de musique"と喩えて、複雑な対位法作品などを創り出した博学"Doct"な人と讃えます。そして「良き父」"bon pere"の子である音楽家達に嘆き涙するように呼びかけます。そこで名前が挙げられているのが、ジョスカン、ピエールソン、ブリュメル、コンペールでコンペールは本日の十字架のモテットの作曲家、ピエールソンはモリネの同僚でもあったピエール・ド・ラ・リューの愛称です。そしてこの詩に曲を付けたのがジョスカン・デ・プレです。
18.「森のニンフ」"Nymphes des bois"はオケゲムの作品を記念して音部記号なしの楽譜で書かれています。フラットの位置から各声部の高さを割り出します。そしてすべての音符が黒塗りになっています。この時代の記譜は白色計量記譜で基本白抜きなのですが、喪に服すことを楽譜上で視覚的に表現しているわけです。モテット・シャンソンのジャンルの曲でモリネの歌詞はフランス語ですが、5声部のうちテノールの声部はラテン語でグレゴリオ聖歌の死者ミサ入祭唱レクイエムの旋律を歌います。聖歌はファの旋法で、慰めに満ちた、いわばヘ長調的な旋律です。それがジョスカンの曲では記譜上はファで始まる元の旋律のままですが、そこに指示書きがあり、この旋律を半音低く歌うように記されています。するとミで始まることになり、ミファの半音が特徴的な第4旋法的な、苦しい嘆きの響きに変わるのです。
曲の最後では全声部ラテン語で「平安のうちに安らぐことができますように。アーメン」"Requiescat in pace. Amen"と唱えて、敬愛する先輩の魂が神の元で憩うよう願います。

十字架の典礼のなかで、神秘の傑作の響きにどうぞじっくりと浸ってくださいますよう。






2019年1月4日金曜日

【期間限定公開】1月カペラ ビュノワのミサ《ロム・アルメ》解説

公開終了いたしました。
ヴォーカル・アンサンブル カペラの今後の情報は以下公式サイトでご覧ください。

http://www.cappellajp.com/

2018年12月31日月曜日

【期間限定公開】1月カペラリハーサル風景

公開終了いたしました。
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