2023年6月24日土曜日

【期間限定公開】カペラ6月公演プログラム・ノート


プログラム・ノート
花井哲郎

ヴォーカル・アンサンブル カペラ音楽監督
古楽演奏家

カロンという作曲家

 デュファイ Dufay、バンショワ Binchois、ビュノワ Busnoys、レジスRegis、オケゲム Ockeghem、コンペール Compère、オブレヒト Obrecht、アグリコラ Agricola、ジョスカン Josquin、ブリュメル Brumel、ムトン Mouton、イザーク Isaac、ボールドウェイン Bauldeweyn、リシャフォール Richafort、ド・ラ・リュー de la Rue…。

 ヴォーカル・アンサンブル カペラがこの25年ほどで演奏してきた15世紀フランス・フランドルの作曲家たちの名前を思い付くままに挙げてみましたが、皆様何人くらいご存じでしょうか。今思い起こしてもそれぞれの作品はポリフォニーの粋を凝らし、美しい旋律に溢れ、作曲家の個性が活かされた、畏敬の念しかわいてこないようなすぐれたものばかりです。こういった音楽に集中して取り組んでいる者のひいき目かもしれませんが、偉大な世紀の産物であることは間違いないことと思います。

 15世紀においても、当時の音楽界最高の知性、識者であるティンクトリスがその著作の中で、天からのインスピレーションと切磋琢磨によって数多くの素晴らしい作曲家達が今や百花繚乱の時代であり、不滅の神々にさえふさわしいといって代表的な作曲家の名前を挙げて称賛しています。その名前の中にフィルミヌス・カロン Firminus Caron という名前が含まれています。ティンクトリスの著作の中にはカロンの名は何度か登場し、「自分が聴いたなかで最高の作曲家」の1人にさえあげられています。

 カロンという名で伝えられているミサ曲は5曲、シャンソンは22曲あります。しかし研究者達の調査からも作曲家カロンの生没年、活動場所など、生涯の記録は一切知られていません。フランスのアミアンに同名の音楽家の記録がありますが、それがこの作曲家のことなのかどうかはわかりません。また、おそらくはデュファイに関連する一連の音楽家のひとりであることが、コンペール Loyset Compère (ca.1445-1518) のモテット「よいものすべてに満ちた方」 "Omnium bonorum plena" の歌詞から知ることができます。

Et primo pro G. Dufay,

pro quo me, mater, exaudi,

luna totius musice

atque cantorum lumine,

Pro Jo. Dussart, Busnoys, Caron,

magistris cantilenarum,

Georget de Brelles, Tinctoris,

cimbalis tui honoris,

まず始めにG・デュファイのために。

御母よ、願いを聞き入れてください、

あらゆる音楽の月、

そして歌手たちの光である彼のために。

美しい調べの師匠である

デュ・サール、ビュノワ、カロンのために。

あなたの誉れのシンバルである

ジョルジュ・ド・ブレル、ティンクトリスのために。

 「フィルミヌス」という名はティンクトリスの著作にあるだけで、伝えられている作品のすべてには姓の「カロン Caron」とあるのみです。以前誤ってフィリップ・カロン Phillippe Caron といわれていたことがありますが、本日演奏に使用する写本は唯一の例外として、F. caronとあるので、ティンクトリスの言うフィルミヌスが正しいものと思われます。(画像1)


    画像1

 画像1の拡大

このように情報は少ないのですが、残された作品はティンクトリスの言うようにどれも間違いなく第一級品ばかりです。シャンソン(フランス語による世俗歌曲)に美しい曲が多いですが、本日演奏するミサ《ロム・アルメ》はなかでも特に素晴らしい作品で、まさに「シリーズ 知られざる傑作」で取り上げるにふさわしい音楽と言うことができます。

 様式的には、コンペールのモテットにあるようにデュファイの影響を受けた世代、ジョスカンやド・ラ・リューよりは前、ビュノワあるいはオケゲムと同じくらいか、といった感じがします。活動の記録がないので実在の人物なのかさえ定かではないのですが、その名で伝えられている作品には一つの強烈な個性と才能がはっきりと刻印されています。


ミサ《ロム・アルメ》

L'homme, l'homme, l'homme armé, 

L'homme armé doibt on doubter,

doibt on doubter.

On a fait partout crier,

Que chascun se viengne armer 

D'un haubregon de fer. 

L'homme...

武装した人、その人、その人

武装した人、

武装したその人を恐れよ

恐れよ。

どこでも叫ばれている、

みな武装せよと、

鉄の鎖帷子(くさりかたびら)で。

*富本泰成による旋律の演奏はこちらからお聴きください

 ヴォーカル・アンサンブル カペラは今まで何曲ものミサ《ロム・アルメ》を演奏してきましたが、ルネサンス時代を通して、この歌曲を定旋律とした40曲以上ものミサ曲が作曲されました。事の始まりはおそらくはブルゴーニュ宮廷の関連で、最初期のミサ《ロム・アルメ》はビュノワ、オケゲム、レジスといった作曲家たちによって作られました。その後、フランドルの手の込んだ対位法、定旋律の扱い方などの腕を競うようなジャンルの音楽としてのミサ《ロム・アルメ》の伝統が、ブルゴーニュ宮廷がなくなった後もずっと、16世紀末に至るまで続いていったのです。

 初期のミサ《ロム・アルメ》に、ティンクトリスも滞在していたナポリ宮廷の写本に伝わる作曲者不詳の6曲セットがあります。時代的様式的にその作曲家はカロンではないかという説もありましたが、今ではビュノワが最有力候補のようです。

 この戦闘的な歌詞が神聖なミサの場とどのような関わりがあるのか、宮廷の都合か、あるいは悪魔と闘うキリストや天使に重ね合わせられたのか、様々な憶測はなされています。しかし、どちらかというと単純なこの旋律が、そこから複雑な音楽を創り出す土台、また構造上の基盤となりやすい、そういった要素があるということかと思います。

 たいていはテノールのパートが定旋律を受け持ち、指示書き「カノン」によって、実際に記譜されている形とは違って2倍3倍に引き延ばしたり、楽譜を後ろから読んだり、様々な趣向が凝らされます。旋律素材はテノール以外のパートの旋律線にも含まれていきますので、どの作曲家の作品もまぎれもないロム・アルメの響きがありますが、まさにそのためにそれぞれの個性も際立って聞こえてきます。

 カロン作品のまずひとつの大きな特徴には、この定旋律をかなり自由に扱っているということがあります。やはりテノールの声部がこの旋律を受け持つのですが、原型のまま組み込まれてはおらず、かなり不規則に、部分的に何度も反復されたり、一つのモチーフが異様に長く引き延ばされたり、途中から他の声部の動きに同調するようにこの旋律から離れていったりします。とても気まぐれな扱いのように見えますが、一方で各楽章の楽曲構成はかなりしっかりとしたプランに則って構築されています。ルネサンスのミサ曲は通常定旋律が構成を規定するのですが、カロンの場合は逆に純粋な音楽としての構成が先にあって、そこにロム・アルメの旋律を当てはめていったのではないか、と思われるふしがあります。

 もうひとつの特徴はスペリウスとコントラテノールによる二重唱で、テノールとバッススは全く沈黙して2声だけで音楽が進行します。これがキリエ以外の4つの楽章すべての冒頭に置かれています。こういった曲の導入部分でのデュエットは15世紀初頭以来、チコーニアやデュファイを始めとした初期ルネサンスの作曲家たちの大規模なモテット、またミサ曲によく見られます。2つだけの声部でどれだけ美しい世界を作ることができるのかを堪能できますが、またそれが終わったところで残り2声が加わる瞬間は実に荘厳です。

 カロンのこのミサ曲では冒頭だけでなく、やはりキリエ以外各楽章の途中随所に二重唱が挟まれています。そういった箇所では時にそのリズムが激しく爆発するように細かくなり、ヴィルトゥオーゾに2つの声部が絡み合っていきます。おそらくおよそ同年輩ではないかと思われるオケゲムのミサ曲にも目の回るようなリズムの饗宴が突如として現れることがありますので、啓発しあったのかもしれません。このミサ曲の聴き所の一つです。

 楽章途中の2重唱の部分だけではなく4声部も含めて一つの楽章の中で「メンスーラ」が何回も変わっていきます。メンスーラとは計量記譜の拍子にあたる概念ですが、一つの楽章がいくつかのセクションに分かれて、言ってみればそれぞれに異なる拍子とテンポが設定されている、といったような案配です。ジョスカンを始めとした15世紀の他の作曲家のミサ曲よりもその点についてはかなり多様です。特にグロリアとクレドの楽章で、歌詞の段落に応じて曲の動きが少しずつ変わっていくのを味わえるかと思います。

譜例1

 このミサ曲は2つの写本に伝えられていて、どちらにも細部に明らかな間違いなどあることから、本日は部分によってその両方を適宜使っています。(譜例1) 両方の写本に共通しているのは、スペリウス以外のパートにはいわば調号としてシの音に常にフラットが付けられているのに、スペリウスにはどの楽章にもそれがないということです。こういった例は特に15世紀のシャンソンなどによく見られるもので、テノールとコントラテノールがそのフラットによってある特定の旋法を一つの終止音(フィナーリス)上に展開していき、スペリウスはそれに合わせてムジカ・フィクタとして適宜フラットを付けたり付けなかったりして演奏します。しかしこれほどの大規模なミサ曲でこのような例は珍しく、その扱いは悩みどころです。いろいろな可能性があることとは思いますが、全体を見てみるとスペリウスも大部分は他の声部に同調してフラット一つ追加して演奏するのがよさそうではあります。しかし、特に曲の冒頭などで言ってみれば二つの調性がひしめき合うような効果を狙っているのかもしれません。今回の解釈は一つの試みですが、「長調」と「短調」(この時代そのような概念はないので喩えてみればと言うことですが)が同居するような冒頭主題に注目して頂けたらと思います。

聖ヨハネの誕生の祝日

 6月24日は教会の暦では洗者聖ヨハネ誕生の祝日です。本日のプログラムはそのミサを再現する典礼形式で組まれています。神の前に正しい人といわれた祭司ザカリアの妻エリザベトは年をとってから天使のお告げを受けてヨハネを生みます。天使のお告げを信じなかったザカリアは口がきけなくなりますが、天使に命じられたとおりに子供に「ヨハネ」という名をつけます。するとたちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めます。ヨハネは成長してから荒野に留まり、らくだの毛衣を着て、いなごと野蜜を食べ物としていました。やがて人々に罪の悔い改めを説いてヨルダン川で洗礼を授け、キリストへの道を準備します。旧約聖書イザヤの預言にある「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」という荒れ野で叫ぶ者です。そしてキリスト自身がこの聖ヨハネから洗礼を受けると天が開いて聖霊が降り、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた、ということです。

譜例2

 本日は洗者聖ヨハネ誕生の祝日ミサの固有唱、祈祷、朗読にカロンのミサ曲を組み込んでいます。そして奉納唱の替わりに聖ヨハネを讃えるモテット「女から生まれたものの中で」 “Inter natos mulierum” を演奏します。スペリウス、コントラテノールとそれぞれ2声のテノールとバッススの計6声部からなる重厚な作品です。2部分からなりますが各部を締めくくるアレルヤの繰り返しが祝祭的な佳曲です。作曲者名として2つの写本にジョスカンの名が記されています。(譜例2) しかし両方ともジョスカンの没後、1530年代の写本であること、細部に作曲上の不備がいくつか見受けられること、ジョスカンの真作とされる他の6声作品とは性格がかなり異なり、様式的により新しい16世紀の傾向が強いことなどから、巨匠ジョスカンの作品ではないと判断され、最新のジョスカン全集 New Josquin Edition からは除外されています。皆さんはお聴きになってどう思われるでしょうか。カペラのメンバーは最初に皆で音出しをした時、異口同音に「これはジョスカンでしょ」ということでした。16世紀に才能ある作曲家たちがジョスカンのスタイルで素晴らしい音楽を多数作っていますので、簡単に判断はできませんが、華のある素晴らしい音楽には違いないので、お楽しみ頂けることと思います。

 プログラム最後には、ヨハネの誕生を祝うモテット「エリザベトはザカリアに」“Elizabeth Zachariae” を演奏します。こちらはカロンやジョスカンよりはおそらくいくらか若い世代のフランスの作曲家ジャン・ド・ラ・ファージュの作品です。フランソワ・ラブレーのパンタグリュエル物語の中に音楽家のリストがあるのですが、そこにも名前が現れます。イタリアで活躍し、フェラーラ宮廷や教皇レオ10世に高く評価されていました。グレゴリオ聖歌の旋律に色彩豊かな対旋律を絡め、分かりやすい模倣で曲を進めていく、同世代のモテット作曲の大家ジャン・ムトンに近いスタイルの音楽です。曲はやはり2部構成で、後半の歌詞はジョスカン?のモテットと同じ歌詞「女から生まれたものの中で洗礼者ヨハネに優るものはいなかった」"Inter natos mulierum non surrexit maior Joanne baptista" で始まります。各部の終結部分はそれぞれ聖ヨハネへ取りなしを願う祈り「聖ヨハネ、わたしたちのために祈ってください」"Sancte Johannes, ora pro nobis" ですが、第1部の方はグレゴリオ聖歌の連梼を思わせる淡々とした朗唱パターン、第2部の方は動きのある3拍子の祈祷です。

 聖ヨハネと言えば6音音階「ヘクサコード」ドレミファソラの元になったといわれる賛歌「力みのない声で」"Ut queant laxis" が有名です。本日の演奏が気高い大祝日にふさわしいものとなるよう、この賛歌の言葉で聖ヨハネに祈りたいと思います。

Ut queant laxis

Resonare fibris

Mira gestorum

Famuli tuorum

Solve polluti

Labii reatum

Sancte Joannes

力みのない声で

鳴り響かせることができますように

あなたの数々の業の

すばらしさを、私たちしもべが。

けがれた唇の

過ちを解いてください、

聖ヨハネよ。 


*渡辺研一郎による聖歌の演奏はこちらからお聴きください