2018年12月26日水曜日

【期間限定公開】カペラ1月公演プログラム・ノート

プログラム・ノート



L'homme, l'homme, l'homme armé,
L'homme armé
L'homme armé doibt on doubter,
doibt on doubter.
On a fait partout crier,
Que chascun se viengne armer
D'un haubregon de fer.
L'homme...

武装した人、その人、その人
武装した人、
武装したその人を恐れよ
恐れよ。
どこでも叫ばれている、
みな武装せよと、
鉄の鎖帷子(くさりかたびら)で。
武装した人....

ロム・アルメ、武装した人

ヴォーカル・アンサンブル カペラは何年かおきに、「ロム・アルメ(武装した人)」という歌に基づいたミサ曲を演奏しています。ルネサンス音楽の歴史の中でミサ《ロム・アルメ》にはとても重要な伝統があり、数多くの作曲家による作品が残されているからです。なぜこの好戦的な歌が神聖な儀式であるミサのための音楽に使われるのか、なかなか理解しがたいところはありますが、その発端が本日演奏するブルゴーニュ宮廷の作曲家アントワヌ・ビュノワの作品にあるのです。
1453年オスマン・トルコによってコンスタンチノープルが陥落し、長く続いた東ローマ帝国が滅亡します。それは西ヨーロッパの人々にとって深刻な脅威でした。時の教皇は聖地エルサレム奪還のための十字軍を呼びかけ、その先頭に立って応えたのが、当時ヨーロッパで政治的にも文化的にも最も力のある宮廷の一つであったブルゴーニュのフィリップ善良公(フィリップ・ル・ボン、1396-1467)でした。
フィリップ善良公を支えていたのが、公を団長とする金羊毛騎士団という、貴族30人からなる集まりです。金の羊毛とはギリシャ神話にあるイアソンの冒険譚に由来します。ヘラクレスやオルフェウスなど勇者を巨大船アルゴ号に乗せてはるか遠くの地コルキスにある伝説的な金の羊毛を探し出して、怪物や魔物と戦った後にギリシャに持ち帰るという、中世の騎士物語に通じる武勇伝です。
フィリップ善良公はこの騎士団と共にエルサレムへ出発すべく各地を巡回し、周到な準備を進めますが、結局その計画は実現しないで終わってしまいます。始めからそのつもりがあったのかなかったのか、政治のことでよくわかりませんが、私たちにとっては、素晴らしい遺産を遺してくれることになりました。それがロム・アルメです。この歌が騎士団と関連していいて、おそらく十字軍への呼びかけにも利用されただろうことは、最初のミサ《ロム・アルメ》の一群が作曲されたであろうと推定される年代が、ちょうどこのプロパガンダの時期とほぼ一致していることからも推測できます。
この歌の長さをみてみると、上に掲げた楽譜でセミブレヴィスの音符の長さを休符を省いて数えると、全部で31セミブレヴィス分の長さになります。数の象徴にこだわった時代ですから、これが騎士団の30人のメンバーと団長の善良公を表していると考えることは理にかなっています。つまり、この歌はちまたの流行歌ではなく、おそらくは金羊毛騎士団を念頭に、あるいはその注文によって作曲された宮廷のための作品と思われるのです。
さらにはひょっとすると、始めからミサ曲に取り入れることを前提に作られたのかもしれません。確かに、音楽的にみると単純な旋律構造で、3部分に分けられるその中間部は音域が高く音調に変化があり、まさにミサ曲の定旋律として使うに格好の素材です。ブルゴーニュ宮廷と十字軍への政治的、信仰的な動きから、最初期のミサ《ロム・アルメ》は作られましたが、その伝統はオブレヒト、ブリュメル、ジョスカン、コンペール、ラ・リューといったフランドルを代表する次の世代の作曲家たちに引き継がれていきます。そのようにしてミサ《ロム・アルメ》を作曲するということ自体が、作曲家としてのひとつのチャレンジになっていったのではないでしょうか。その後16世紀になってもこの伝統は続き、パレストリーナやスペインのモラーレス、ゲレーロもミサ《ロム・アルメ》を残しており、その総数は40以上になります。

ビュノワのロム・アルメ

その伝統の最初に位置するのがビュノワです。ビュノワはフィリップ善良公の次のシャルル突進公(シャルル・ル・テメレール)に仕えたまさにブルゴーニュ宮廷の作曲家です。フランス宮廷のオケゲムもほぼ同時期に作品構造的に類似性のあるミサ《ロム・アルメ》を作っていて、どちらが先かはわかりません。16世紀の理論書にビュノワを歌の作者とするものもありますし、オケゲムが最初にそのミサ曲を作ったという記述もありますが、確かなことはわかりません。この2曲がお互いに啓発し合って成立したとも考えられます。ビュノワはオケゲムが財産管理官の役職を持っていたフランスのトゥールの教会で活動していた時期もあり、その頃に作られたのかもしれません。
ビュノワのミサ曲では、ロム・アルメの旋律は「テノール・ミサ」の伝統に則ってテノールの声部が受け持ち、楽譜上は原曲と思われる形から全く変形されずにそのまま記されています。ほかの声部はテノールとは異なるメンスーラ(いわば拍子にあたる計量記譜の概念)で書かれていて、テノールの定旋律に肉付けをするように曲が作られています。テノールは記譜上はどの楽章も同一ですが、そこに「カノン」と呼ばれる指示書きが添えられています。クレドの楽章には

Ne sonites cacephaton
Sume lichanos hypaton

不協和音を鳴らすな
下のdの音を取れ

とあり、意味するところは書かれているより4度下で歌え、ということです。さらにアニュス・デイでは

Ubi thesis assint sceptra
ibi arsis et econtra

笏が下るところ
そこでは上り、またその逆も

要するに、旋律の上向下向を逆にするということで、こちらでは記譜上は同じでも実際は旋律の形そのものを変形させて歌うということです。このような方法での定旋律の操作はこの後オブレヒトを始めフランドルの作曲家たちが好んで行うようになります。
指示書きにはギリシャ語由来の単語が使われていますが、ビュノワは当時から博学の音楽家として高く評価されていました。さらには詩作も行い、数多く作った世俗歌曲やモテットの歌詞もおそらくは自作のものがかなりあるだろうと考えられています。このミサ曲にはそのようなビュノワらしい高度に知的な構造があることが研究によって明らかになっています。サンクトゥスを除く各楽章はすべて3つの部分からできています。サンクトゥスはオザンナのセクションが繰りかえされますが、その反復を含めないと4つの部分です。それぞれの部分の長さを現代の楽譜にすると通常1小節にあたるブレヴィスという音符の単位で数えていくと、それぞれの長さが、2:1、3:2、4:3といったような整数の比率になります。たとえばこの3つはそれぞれオクターブ、完全5度、完全4度をあらわすピタゴラスの比率です。そのように作品全体がピタゴラスの数の概念に基づいてできているというのです。協和音の音程関係を作品の長さに置き換えたということになります。各楽章様々な比率が含まれますが、最後のアニュス・デイの3部分はブレヴィスの数がそれぞれ36、27、18で、4:3:2となっており、これは4度と5度、重ねてオクターブであり、まだ3度を含まないこの時代の終始音となり、曲を閉じるということになるのです。
ところがクレドの第2部、全作品のちょうど中心に位置するセクションだけは、この整数比とは異なる、31ブレヴィスという長さになっています。この31が原曲の歌曲の長さであり、金羊毛騎士団の「武装した人」のメンバーの数であることは、おそらく偶然ではないでしょう。こういった全曲の構成上の枠組みがあるせいで、クレドは通常より短めで、そのせいか、写本に従うとかなり多くの歌詞が省略されてしまっています。このプログラムの歌詞対訳にあるとおりです。典礼文に忠実であることよりも、作品の構造が優先されているのです。実際のミサとしては、司式司祭がすべての文章を唱えていて、そのことによってミサは成立していますので、聖歌隊が何を歌ってもミサそのものに影響はないのです。場合によってはミサ通常文ではない、全く別の歌詞による曲がミサの間に歌われるといった例もあるくらいです。
さて詩作、ピタゴラスやギリシャ語といった古典の素養などにみられるように学識豊かなビュノワには、実は掟破りの激しい性格もあったようです。ブルゴーニュ宮廷に仕えるようになる以前、若き日にトゥールの町で何人かの仲間とともに5回にわたってある司祭を殴り、流血沙汰になったという逸話が伝えられています。さらにはそれ故に司祭の資格停止状態であったにもかかわらずミサを執り行ってしまい、後に赦免されものの一旦は教会から破門されます。そういったことが作品上にもみられるのです。同時代の音楽理論家として有名なティンクトリスはビュノワを非常に高く評価して自分の著作を献呈までしていますが、その著作の中でメンスーラの使い方などに誤りがあることを、「ビュノワだけは意見が異なっている」と嘆いています。確かに14世紀アルス・ノーヴァで確立した計量記譜の体系からみると、その前提を打ち崩してしまうような用法があります。しかしこれは演奏実践の立場からすると、要するにどのように演奏すればいいかは比較的簡単に理解できます。つまりここでは実践が理屈を越えていっているとも捉えられます。実際、オケゲムやまた後進の作曲家たちによってそういった用法が一般化していきます。
また、やはり伝統的には禁忌音程であって、変化音によって避けられるトリトヌス(三全音)という、いわば減五度の音程を随所に使っています。そのすべてを変化音によって完全五度に丸めてしまうと、作品の意図が失われると思われます。批判の対象になりながらも、そういった響きも含めてビュノワの音世界を作り上げていったのでしょう。
さらには、通常の音域を遙かに越える旋律の動きが各声部に見られます。上述の指示書きによってアニュス・デイでは定旋律のテノールがかなり低い音域になるので、今回はそこをバッススが受け持つのですが、そのバッスス自体も、かなり高いところまで旋律線が舞い上がり、ヴィルトゥオーゾな歌手が想定されていたとしか思われません。最高声部のスペリウスもアニュス・デイではやはり低い音を受け持ちます。
ビュノワのミサ《ロム・アルメ》はオブレヒトやジョスカンといった後輩の作曲家たちに大きな影響を与えました。オブレヒトはそのテノールのリズム構造をそのまま受け継いでミサ曲を作り、またジョスカンの作品の中にはビュノワの旋律に酷似した箇所が見受けられます。さらにビュノワの作品を下敷きにして作られた作品も数多く残されています。
さて、6曲ものミサ曲「ロム・アルメ」が含まれている音楽写本が、現在ナポリの図書館に所蔵されています。作曲者名は記されていません。この写本はブルゴーニュ公シャルルがナポリの宮廷に贈呈したものです。そのような状況と音楽的な特徴から、作曲者はビュノワその人ではないかと推測されています。6曲のうち、ミサ曲1番から5番までは「ロム・アルメ」の旋律を5つの部分に区切り、それぞれのモチーフを1曲に一つずつ定旋律として使って作られています。そして最後の6番は旋律全体を定旋律とする、といった具合にとても計画的に作られた、他に例のない一大連作ミサです。各曲でモチーフは転調、逆行、反行といった具合に、対位法的に様々に工夫されています。もしこの6曲もビュノワの作ということであれば、本日の曲と合わせて7曲のミサ《ロム・アルメ》を作ったということになります。
15世紀のフランス・フランドルの作曲家たちのなかにあって強烈な個性を放つビュノワは、自意識高く個性的な創作活動を行う近代的作曲家の先駆けともいえるのではないかと思います。



1月6日主の御公現(エピファニア)の祝日は、ベツレヘムの馬小屋に生まれた幼子が、天地の創造主、救い主、王の王であることが世に知れ渡ることを記念します。御公現を特徴づけているのは、東方から星の光に導かれてやって来た三人の王です。博士とも占星術の学者ともいわれます。ミサは1. 入祭唱「見よ、支配者である主が来られた」 Introitus: Ecce advenit dominator Dominusで始まります。クリスマスには準備の季節である待降節が4週間先立ちますが、その時期はアドヴェントAdventと呼ばれます。待ち望んでいた方がまさにやって来られた、advenitと歌うことで、クリスマスの意味が完結したことを示しています。通常唱のキリエ、グロリア、そして祈祷と聖書朗読を挟んで、その次の固有唱は昇階唱とアレルヤ唱です。それに続く続唱は、16世紀にほとんど廃止されてしまいましたが、中世に数多く作詞作曲されました。御公現の続唱をグレゴリオ聖歌と交互に演奏するようにデュファイがポリフォニーに作曲したのが 8. 続唱「御公現を主に」Sequentia: Epiphaniam Dominoです。3声部の作品で一番上の声部が元の聖歌の旋律をパラフレーズ(装飾的に変形)して、そこにちょうど3声部のシャンソンのように二つのテノール声部が旋律を支えながら絡み合っていきます。
プログラム後半の最初はミサの順番でいくと奉納唱になるのですが、本日はその代わりにやはりデュファイが作曲した御公現のための作品11. アンティフォナ「博士たちはその星を見て」Antiphona: Magi viderunt stellamを演奏します。本来は夕べの祈り、晩課のマニフィカトの前後に歌われた聖歌を元にしたものです。ルネサンスの時代には奉納唱に代えてこのようなモテットが歌われたことが知られています。やはり3声の素朴な響きのする曲ですが、元の聖歌の抑揚を最大限に生かした宝石のような名品です。
プログラム最後はオケゲムの19.「救い主を養われた御母」"Alma Redemptoris Mater"です。同時代の評価ではオケゲムとビュノワは並び称されていましたが、現在は一般にはオケゲムの方がはるかに広く知られています。そこにはいくつかの要因があると考えられます。一つは最古のレクイエムが残されていて人気があること、ビュノワは多くの世俗歌曲を作りましたが宗教音楽が少なく、その点で重要度が低いと考えられたこと、などです。ビュノワのミサの後にオケゲムの作品を聴くことで同時代の二人の巨匠の音楽を比較して楽しむことができるのではないかと思います。さらに、今度はオケゲムの名作ミサ曲を5月のヴォーカル・アンサンブル カペラの定期公演で取り上げます。こちらもどうぞお楽しみに。そして皆様、本年も祝福に満ちた良い年になりますように。その祈願を込めて本日の演奏をいたしたいと思います。